日本語ラップ2017

日本語ラップの最新情報、過去の日本語ラップの歴史について、このサイトを見れば日本語ラップの大体はわかる??

MCバトルの歴史1

フリースタイルダンジョンが話題になっているが、MCバトルがここまで進化した経過を振り返りたい。

 
まずはフリースタイルから。
フリースタイルとは即興でラップをすること。
完全な即興はトップオブザヘッドというべきだが、フリースタイルもトップオブザヘッドも意味としてはだいたい同じだろう。
日本語ラップで初めて即興でフリースタイルをしたラッパーといえばKINというラッパーだろう。初期のライムスターである宇多丸(まだこのころはシロー)とフリースタイルをやっていた。

初期のMCバトルといったらB BOY PARK
1999年からMCバトルが始まり、1999年から2001年までKREVAが3連している。
この頃はとにかく韻を踏むスタイルのラッパーが多かった。このから既に般若や漢も出場していた。
2002年、KREVAはこの年にMCバトルには出場しなかった。この年からMCバトルというものが大きく変化していった。
決勝のvs般若
お互いにリスペクトしながら今のMCバトル、シーンに対し問いかける。
審査員に審査されるMCバトルはどうなんだと。
2003年、前回チャンプの漢、準優勝の般若も参戦した2003年B BOY PARK。ここに新たな風が吹く。
それは外人21瞑想だ。
今まではないスタイルに観客は沸いた。
初参加にして初優勝した外人21瞑想。
MCバトル終了後、事件は起きる。
外人21瞑想、漢、般若のフリースタイルが始まる。当然会場は盛り上がった。
般若と外人21瞑想のバトルに収集がつかなくなるが、最後は漢が全てをフリースタイルで収める。

この2003年でB BOY PARKでのMCバトルは一旦終了する。
 
1999年から2003年まででもMCバトルというものが大きく変化していった。
MCバトルで名の知れたラッパーは数多いだろう。
この時代、MCバトルはマイノリティの中でもマイノリティであった。
自分かB BOY PARKに何度か足を運んでいるが、キャリーバッグを持ち、恐らく地方から観に来ている人達もちらほらいた。
今はYouTubeなどでも簡単にMCバトルが観れる時代。時代と共にMCバトルも変化していった。
 
次は2005年辺りからのMCバトルについて、自分がリアルタイムに見てきた感想の記事を更新します。
 
日本語ラップ